2026年1月にブログを始めようと思って立ち上げたけれど、仕事・育児の両立がなかなか大変で気づけば初夏。
環境の変化とは、若ければ若いほど柔軟に対応できるなと体感しました。
このブログでは、ADHD+ASDといわれた次男と私が過ごした保育園年長の記録と私が感じたことを綴るブログです。
同じような特性のあるお子さまがいらっしゃる方に参考になればと思います。
次男が産まれたのは新型コロナウイルスが見つかった頃のクリスマスイブ。妊娠38週で破水し翌朝に生まれました。
2人目であったため、お産はスムーズでしたが次男は出生直後呼吸状態があまり良くなく、呻吟とチアノーゼがあり直ぐNICUに入院。挿管され人工呼吸器に繋がれて鎮静剤を使われて抱っこできたのは3日目。
カンガルーケアをしたくて、出生後上半身オープンで待っていたけどできず。しかもエアコン直下で体が冷えたのか?私はシバリング起こし40℃の発熱。
採血やインフルエンザ抗原の検査は1日2回もされ、陰性。希望していない個室に隔離され(しかも個室代を請求)、NICU立ち入り厳禁。
感染症が完全に否定されるまでは個室で過ごしました。
ひとりクリスマス。産後のホルモンの影響か?普段クレームを言うタイプではないけれど、当時の夜勤助産師の私の担当がドア越しに「あぁめんどー」と声に出してるのが聞こえて、その上司である師長にクレームを言いました。
なぜなら、私は感染隔離中。その部屋に入る医療者は感染防御のガウン・帽子・マスク・手袋を毎回着ては脱ぐと言う一手間があります。
夜勤は勤務者が少なく、あちこちでナースコールが鳴るとてんてこ舞いになることは知っています。
そう。私も病院勤務。しかも産婦人科病棟。
でも私の家から勤務病院は遠かったので、近くのNICUのある病院でお産をしました。
内情は察するけれど、実際担当助産師のその言葉は傷つきました。
「子どもはNICUで、私は何かに感染してるかもで会えない。母児分離と払いたくない個室代を払っててこんな仕打ち!と思いました。」と病棟の師長にクレーム。言ったらスッキリ。
師長の言葉は「教育不足」と言う謝罪。
同じ業界なんで勤務者の状況はわかりますが、患者側の気持ちを体感できたので私も自分の看護観の糧にしようと思いました。
もう6年前の話なので、あまり気にしてません。
次男はそんな状況のなかでも、元気に生後6日目に退院しました。
二人目育児なので、育休もコロナ禍ではありましたが家族で乗り切りました。生後11か月で仕事復帰し3歳くらいまでは男の子ってこんなもんだねと思いながら保育園に通いました。
4歳の春。自分が他の友達から嫌がられてると自己肯定感が下がる発言がありました。
4歳の子が持つ語彙の中で自分の気持ちを伝えるのは大変だったと思います。
夜寝る前にシクシク泣きながら「ボクはボクがきらい」と私に言って来ました。
そのとき、なんだかこの子は言葉にしづらい気持ちを一生懸命伝えたいんだなと思いました。
ちょうどその頃、保育園の主任と担任の先生から「療育センターの受診をおすすめします」といわれてました。
療育センター…どこにある?どうする?
から私と次男の療育がはじまりました。
